トルクメニスタンに行ってきました 後編
- カンナ 岩崎
- 2024年10月20日
- 読了時間: 6分
更新日:2024年10月24日
さて、トルクにスタンの旅の記録、後半戦に参ります!!
まだの人は前編の記事を読んでいただき、後編は実際に渡航して感じたことを書きます。
まず結論から言うと、あれだけ前編で色々書きましたが、北朝鮮呼ばわりされてたのも過去の話で今はけっこう変わってきてるんではないかなーと思いました。確かに初代大統領は独裁的だったかもしれませんがそれによって人々が苦しんだみたいな話は私が知る限りではなし。
過大なメディアの報道も結構あると感じたし、確かに景観や仕組みが変わっているなーとは思ったけど、期待しすぎたかもってのはありましたねー。でもそれも自分で行かないとわからなかったし、実態を知れて良かったです!
トルクメン入りしてガイドと落ち合った後、両替してもらったんですが、トルクメニスタンの通貨はトルクメニスタンマナトで、基本USDからの両替。正式レートは1ドル3マナト、裏レートは1ドル15マナトあたりです。正直物価も思ってたよりそこまで安くなかったので正式レートだと普通にあのー無理です。
建物は確かに白ー!金ー!で車も決まった色みんな守ってました。なんか白は幸福をもたらす色として定着しているようです。おもろいのが、あまりにもみんな白い車だから、自分の車がわからなくなることもよくあるみたい。
人の感じはすごいチルで、みんな穏やかそうでした。中南米の元気一杯ハツラツな感じやアメリカなどの自己感強めでもなく、インドの不思議な感じとも違い、保守的な感じかな。
ただ文化はインドにとても似てました。夏のとても暑いときも熱いお茶・コーヒーを飲む文化だったり、伝統的な服装で過ごす女性が多い点だったり、お見合い婚がまだまだ主流だったり。そもそもインドがどんなって人は↓の記事をチェックしてみてください。
同じくして行ったウズベクは街の様子や雰囲気がインドに似てて、トルクメンは文化がにてるって感じたなぁ。やっぱり地理的に近いとそこらへん似るんですね~。
あとウズベクもほとんど外資フランチャイズがなかったですが、トルクメンは一切なかったです。マックとかスタバとかですね。ただ、レストランやショッピングモールのフードコートいけばバーガーとか食べれるって感じでした。
面白いのが、首都の大きい通りにはでかい大理石の建物が連なってるんですが、お店も看板とかなくて建物のウィンドウに例えば家具屋だったら家具のモチーフをつけたり、楽器屋だったらギターとかのモチーフをつけるて感じでかざりで何屋さんか表してるような印象でした。
外から中が見えなくて普通に外観で入りやすいようなお店があまりない。全体的に開いてる?って感じのところが多かったです。より無機質みを感じました。
あと、形で表すというところでいうと、教育省はビル自体が本を開いた形になってたり、銀行はビルの上にコインの形の飾りがあったり形でその建物が何かを表すのが多くて面白かったです。
あと建物の高さが独立の年91年に合わせた91mになってたり、永世中立国制定の95年にちなんで95mだったり結構高さにこだわってる印象もありましたね。
思い切ってガイドになぜ自由旅行がダメか聞いてみましたが、永久中立国家だからだよ的な、全てのことに答えがあるわけではない的なこと言われて、もやっとした回答しか得られませんでした…。
色々な点で外貨獲得の働きかけが強い国だな~と感じましたが、それを知っていても行きたいというのがあったので本当興味深い旅になりました。
ここからは若干番外編。ウズベキスタンからトルクメンへの国境越えについてです。結構これもハイライトになったので出国・入国の流れを残しときます。図解ないと難しいんですが、とりあえず文章見て、「あー複雑なんだなー」だけ感じ取ってくれればいいです笑
一言で言うと旅慣れてないとキチィ!笑
ここは事前情報がほぼ皆無でとにかく流れで乗り越えたけど、誰も英語がわからないし陸路で国境超えたことないしそれがまた中央アジアっていうところでとにかくレアな体験になりました。
まず、ウズベキスタンの国内で長距離列車で4時間かけてウズベキスタン内の別の都市に移動し、駅からウズベク側の国境ポイントまでさらに車で2時間かけて移動。
ウズベク側の国境ポイントに来て降ろされたら案内者は誰もいません。よくわからん小さい建物があったんで、とにかくそこめがけてまっすぐ進むわけですよ。そこで荷物検査・出国手続きが終わったら建物の外の係員みたいな人がおしん好きだったというエピソードも残しておきますw
そのあと続いてウズベクから自国に戻ってきたトルクメン人の楽団が国境の係員に一曲披露してたw 日本に行ったこともあるらしい。
すると、どこからともなくバスがきて乗らされて、荷物は後ろに適当に連結されてる荷台にポーンと乗せて国境と国境の間のどちらにも属さない土地を1kmぐらい乗り合いで走ります。金額もわかりませんがバス代としてお金を払わされるようなので適当に1USDあげたらマナトでおつりが返ってきましたw
そこからトルクメニスタン側の入国。こっちはまずPCRテスト小屋で、やる意味ゼロのPCRテストをして(いまだにやってるのって感じですが)、またバスに乗って少し移動。
今度はトルクメニスタン側の入国手続きへ。
建物にはすでにウズベク側から入国しようとしてトルクメン人たちがひしめき合ってたけど、さっきの楽団やローカル民が誘導してくれてなんとか窓口へ。
ただこの係員も全く英語が通じず。トルクメン側のガイドの連絡先を伝えたら何やら彼女と電話して私は放置。しばらくしてガイドが入国施設に入って来たので、あとは全部彼女に任せました。
てかガイド入国施設入ってこれるんですね笑
入国時に45ドル払いましたがここでさっきのPCR代というのが30ドルほど入ってくるんですね~うまくやってますね~
なんとか入国手続きを終えたらまたバスで敷地の出口まで。お決まりの1USD。今度はお釣りなし。晴れて入国、お疲れ様でした。
とりあえずカオスさだけは伝わりましたかね。地元民のひしめきと中間地点が多すぎるのと言葉が通じないといういろんな状況が相まって、結構すごい体験でした。
トルクメニスタンでの行程が終わった後は違う都市からウズベキスタンに陸路で戻ったけど似た感じでした。
以上です!
行く前の想像が膨らみすぎて蓋を開けてみればそうでも?な感じはありましたが、それを差し引いてもやっぱり変わった国でした。できれば初代大統領のときに行きたかった…。
少し覚えて行ったロシア語・トルクメン語もある程度役に立って、それだけで簡単な会話を成り立たせ、「トルクメニスタン人ですか?」と聞かれることもあったのは謎に誇りですw
百聞は一見にしかずと言うけど、百聞を立証、確かめる為に一見するというのもありで、
一見をより深いものにするための百聞という考え方もあると感じました。
前編後編見てくれてありがとうございました!


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